四日市公害と環境未来館


伊藤伝七による紡績所の設立 2105

伊藤伝七(十世)は、国内綿糸の興隆という父の遺志を継いで、1880(明治13)年に政府からイギリス製紡績機械の払い下げを受けました。
翌年、現在の川島町に三重紡績所を設立しましたが、当初の計画に反し思うように操業できませんでした。そこで実業家渋沢栄一の助力を得て、浜町に大規模な本社工場を建設し、三重紡績会社(現在の東洋紡株式会社)として再出発しました。