四日市市立博物館


貢納品としての海産物...② 3322

中世に入り、貨幣の流通が進み、各地の年貢が銭で納められることが多くなると年貢物を市場で売却することが行われるようになります。四日市市内の当時の年貢のひとつに名吉(なよし)があります。名吉とはボラのことで、祝鯉(いわいごい)ともいわれるめでたい魚でした。ただし、現物で納めたのではなく銭(5文から32文)で、納めました。おそらく商人によって、市場で貨幣と交換したのでしょう。この時の銭は、おそらく遠くにいる領主が受け取って、そこで名吉に替えたのではないかと想像します。